ラフ・シモンズはNYファッションウィークを変えることができるか?

2016年8月、Diorを去ったRaf SimonsがNYのアイコニックなブランド、Calvin Kleinにチーフクリエイティブオフィサーとして正式に移籍したというニュースを読んでから、その日を待ち望んでいた。

 

Raf Simonsによるファーストコレクションが遂に2017年2月10日、デビューを果たした。

 

今年1月末には、Calvin Klein by Appointmentのローンチ、そしてファッションショー直前には新広告ビジュアルが発表され、ミニマルで洗練されたフォトがNYいや世界中をジャックした。アメリカのブランドのはずなのに、ヨーロッパの香りのする、オーダーメイドで注文できる新ラインをスタートさせた。WWDによると、生産はNYで、個別のアポイントメントは4月から受け付けるという。

Calvin Kleinの新広告。アメリカン・クラシックを表現している

Calvin Kleinの新広告。アメリカン・クラシックを表現している

アンダーウェアの広告もお披露目になり、今までにない新鮮なイメージを打ち出した。

Calvin Kleinといえば、これでもかというくらい筋肉ムキムキのセクシーな男性が下着1枚というスタイルが続いていたが、Rafのディレクション下では、Andy Warholのアートの前に、細くアンニュイな男の子がポツンと写っていて、セックスとは全くかけ離れたイメージとなっている。

以前話題になったJustin Bieberの広告

以前話題になったJustin Bieberの広告

今回の新広告

今回の新広告

たまたまタイムズスクエアに行ったら、Calvin Kleinがジャックしていたので、パチリ。

 

Calvin Kleinはデジタル、トラディショナル広告、イベントを本当にうまく駆使している印象で見ているだけで勉強になる。特にデジタルアクティビティはミレニアルが自ら発信したくなるような仕掛けをつくるのが非常にうまい。

Calvin Kleinは下着屋さんじゃないの?と思う人にはいい機会だし、ここでブランドについてざっくりと振り返ってみよう。

 

ニューヨーク市生まれのCalvin Kleinが、マンハッタンにあるFITでファッションを学んで卒業した後、1968年に始めたブランド。NYの洗練と冷静な情熱を体現したようなデザインは、発表直後にあっという間に世界を席巻。翌年にはVogueに登場しているし、スタートから5年以内でスポーツウェアと香水のラインをローンチ。香水ラインの伝説は説明不要だろう。70年代後半までにはアンダーウェアのラインを発表している。Herb Rittsの撮ったMark Wahlbergの広告はあまりに有名だよね。2003年にKlein本人がデザイナーを引退した後でも、アメリカとNYを代表するブランドであり続けている。

 

NYといえばCalvin Kleinなわけだが、ここでRaf Simonsを知らなかった人たちに、彼について少し紹介しよう。

 

Rafは、Calvin Kleinが誕生した1968年にベルギーで生まれたデザイナー。だが、ファッションを学んだことは一度もない。服のデザインは独学。彼がアントワープで学んだのはインダストリアルデザインだ。95年にメンズウェアのデザイナーとしてデビューし、Jil SanderやDiorで活躍した。彼はアートに造詣が深いことで有名で、それは彼のするデザインに反映されているからよく分かる。

 

Calvinといえばミニマル。Rafといえばミニマル。

ブランドアイデンティティとRafのビジョンがぴったりだから納得。

 

ショーはどんなかというと、セックスアピールを武器にしていた、これまでのブランドイメージと変わって、ジェンダーレスでユニセックスな着こなし、エフォートレスなアティテュード、そしてひたすら引き算されたデザイン。

若さやポジティブさを表現しながら、ミニマルでクラシックな上品さもあって、ブランドのコアを余すところなくアピールしている。服がブランドを語るという真髄を思い出させてくれた。

 

NYFWといえば、ヨーロッパと比べてコマーシャルすぎて学園祭の延長線みたいなショーやプレゼンテーションばかりに、Rafは全く違う空気を落とし込んだ。

メディアの至るところで、RafはNYに影響を与えるか?という記事が目立つが、間違いなく答えはYES。彼は、多大な影響をNYファッションシーンに与えた。

小さく、限られたショーのスペース。ファッションを本当に理解した、選ばれた人たちのみがショーを見ることができた。

モデルをみると、トレンディでいわゆるSNSセレブリティモデルが一切いなく、正統派で硬派なキャスティングをしたのが分かる。

まるで、Rafはどの人種のモデルに対しても平等にチャンスを与えたかのようだ。

このご時世にトレンディモデル、ブロガー、セレブリティに頼らずにここまでバズを起こしたCalvin Kleinには「私たちは自分たちのクリエーションのみで勝負をするんだ」という自信が感じられた。

 

ショーを閉じたRafと、彼の右腕で、いなくてはいけない存在のPieter Mulierが登場したときは感動してしまった。「Dior and I」を見た人は彼のことを知っているだろう。どんな気持ちであのショーをクリエイトしたのか、感慨深くて、その瞬間を目撃することができてよかった。

あまりにもCalvin Kleinは長年セクシーでうっていたため、既存顧客がどう反応するかに注目だが、それよりもいままでCalvin Kleinに目を向けていなかった新しい顧客を圧倒的に、あっという間に獲得できると思うので、心配する必要はなさそう。

正統派かつ硬派なクリエイティブオフィサーの  Rafが創る新生Calvin Kleinから、目が離せない。

Pieter MulierとRaf Simons

Pieter MulierとRaf Simons

 

ライター:稲木ジョージ

エディター:八木橋恵

コーディネーター:恩地祥博

公式ウェブサイト:www.georgerootltd.com

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Dior Women’s Cruise 2016 Collection

マイアミから帰ってきて、しばしの余韻に慕っているジョージです。

楽しかったなー、すぐ戻りたいなー。

さて、今日は、今回残念ながら見逃したショーがあってそれについて書いてみようと思う。

それは、Diorウィメンズクルーズ2016コレクション。

Diorウィメンズクルーズコレクションといえば、昨年の5月にNYブルックリンでショーが行われたのも記憶に新しい。

その時のショーの記事を読み逃した人はこちらを読んでもらいたい。

Dior Womens Cruise 2015 Collection in New York by George Inaki

歌手のクリスタル・ケイ、そしてDiorのアーティスティック ディレクター、ラフ・シモンズとのスリーショット。

今年のクルーズコレクションはフランス南部カンヌ近郊にあるピエール・カルダン氏の別荘、「パレ・ビュル」にて発表された。

 テウル・シュル・メールの崖の上に佇むパレ・ビュルの建築は、Diorのブランドアイデンティティーにふさわしく過去と未来を兼ね備えたベニューとなっている。

こちらのビジュアルを見ていただきたい。

設計を手掛けたハンガリー出身の建築家アンティ・ロバーグは「アビトロジー(居住学)」のコンセプトの発明者でもあり、デザインが斬新で幻想的。

イヌイットの住居と初期人類の球体のような住居に魅了され、このような空間が1984年に完成された。

肝心のコレクションを一言で表すと、「軽やか」。

コレクションはDiorのアイコニックコートから直接的にインスパイアされている。

気になったルックはこちら。

シルエットはまさに、あの有名な「バージャケット」。

特徴的な袖元と、夏らしいカラーをしたタータンチェックプリントに軽い素材を合わせ、バカンスに合うスタイリングとなっている。

こちらのブラックスーツも暑い気候にでも着れるように、このコレクションによって新しく蘇る。

個人的な話しにはなるが、カンヌには2013年に行ったことがあって思い出の場所。

またいつか行って、南仏らしいバカンスを過ごしたい。

良いものを生で見たり感じたり、

旅行もファッションも俺にとっては日々のモチベーションをあげてくれる大切なツール。

恵まれてることに感謝だな!

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2014

NYの極寒の冬から避難をするために、NYFWまではLAで住みます。

一番最初にLAに来たときは好きじゃなかったんだ。

車好きじゃないし、どこ行っても遠いし、友達少ないしすごい疎外感がある気がして。

でも来るたびに少しづつ好きになってきて、この世界一大好きな家とアメリカーーーー!という感じがいいんだ。

2014年は色々と変化の一年だった。

頼まれてもいないのに長くなるけど、書ける限り自分の2014年の人生を勝手に振り返りたいと思います。

年越しはフィリピンだった。

マニラの友人宅でカウントダウンをして、次の日にリゾートのボラカイ島に行った。

実は海よりプール派という矛盾しているが、ビーチサイドで日傘の下でマンゴーシェイクを飲みながらマッサージしてました。

あまりにも太陽に当たると、マジでくっっっろくなるから。

シャングリラホテルに泊まったのだけど、プライベートビラがあって、ビラ内にあるプールに猿がたわむれていてかわいかったな。

スパも最高にいいし、サービスもいいし、文句なし!

写真はこちら。

ジャスティンビーバーがフィリピンのリゾートを買ったらしいけど、このシャングリラではないことを祈る。

そして大好きなおばあちゃんにお別れにも行くことができた。

俺はおばあちゃんに育てられたから、かなりのおばあちゃん子。

子供のころはちょっとでも離れると、号泣してたな。

クリスマスだったので、CHANEL No5をプレゼントしたんだ。

またおばあちゃんとハグしたいな。

おばあちゃんはパワフルではちゃめちゃで存在感のある方でした。

フィリピンから東京へ戻ったと思ったら、すぐさまパリにCHANELのオートクチュールショーを見に行ってきた。

初めての体験で、ファッションとは?を学ぶことが出来ていい経験になった。

ラッキーなことに、マドモアゼルシャネルが実際に住んでいたアパルトマンにてDallasコレクションの展示会をやっていたから中に入ることができたよ。

あの有名な螺旋状階段の鏡のとこで写真撮った。

死ぬまで忘れることのできない贅沢でラグジュアリーな社会見学でした。

メゾンミッシェルがポップアップショップをやっていたから、ハットを買って早速被った。

アパルトマン内はこんな感じ!

マドモアゼルはアジアに行ったことがなかったけど、東洋文化がとても好きで至るところにアジアの物が置いてあって、屏風もあったりして意外な側面をみることができた。

展示会中以外は人が住んでいないにも関わらず、中に入ると空気に重みがあって温かみもあるの。

不思議な空間というのはまさにこういうこと。

また、ぜひぜひぜひぜひ行ってみたい。

パリから帰ってきて、嬉しいサプライズが!

フィリピン一大きい新聞紙、The Philippine STARに一面どかーんと自分の記事がw

英語だけど、読みたい人はここで読めるよ。

George Lozano Inaki : Filipino Fashion Wonder Boy in Tokyo

人生の生い立ちや仕事内容等が書かれてる。

フィリピン生まれだけど、日本で育ってるからあんまりフィリピンの人たちと交流がなかったけど、これを機にもっともっとフィリピンの素晴らしさを伝えられる仕事ができたらいいな。

NYに移住する直前にグダグダなサプライズを友達にされ、企画バレバレでディズニシーに連れてってもらった。

寒かったけど、とても楽しかった記憶がある。

そんな友達はリーマンで、ファッションとは無縁。

だからこそ、自分を本当の世界に足を地につかさせてくれてるからファッション浸りじゃなくならずに済む。

2014年2月はNYへ移住。

幼い頃から、漠然とアメリカに住みたいという夢があった。

それが叶った瞬間、なにも感じなかった。

夢が叶う瞬間って、こんなもんなのかな?と思ったりして、じゃあ次の夢をみつけよう!と今探索中。

3月はパリコレ。

ファッションは断然パリブランドが好き。

エレガントだし、自分のスタイルに合っているから。

初めてDiorのショーをみることができたよ。

ラフシモンズとムッシュディオールの女性に対する美像がみれて、これもまたいい経験になった。

CHANELのスーパーマーケットコレクションはもちろん知ってるでしょ?

これはね、会場中にいる大人全員が子供に返って、ごった返したのをみるのがとても面白かった。

CHANELは人間の中にあるyouthをくすぐるのが本当に天才的だなと思ったよ。

パリコレから帰ってきて、すぐに東京へ仕事のために出張に行ってきた。

2011年からの友達と原宿を観光客のように周りました。

この電話ボックスかなり渋いっしょ。

直美ちゃんのおかげでいいとも!最終回を見に行くことができたよ。

ちらっと俺がテレビに映ったらしいので、これを共演だということにしておこう。

東京のあとは、マニラへまたまた行ってきた。

これは泊まっていたホテルからの景色。

フィリピンのめまぐるしい経済成長と街の発展に驚くばかり。

NYに戻ったと思ったら、WWDジャパンから取材された記事が!

半ページに渡って紹介され、企業とガールズインフルエンサーをつなぐミドルパーソンとして書かれた。

これもとてもいい記事だったと思う。

エッジがあるせいか、自分が出る媒体は限られてるからこういうフューチャー系の記事にもっと登場したいな。

5月に行われたDior Cruiseショーがブルックリンで行われたので、クリスタルと見に行った。

ラフシモンズとのスリーショットは貴重でした。

6月はAimeeと再会し、これを機にすごく仲良くなった。

トップブロガーはアメリカではセレブ扱い。

日本との違いがありすぎて、勉強になった。

日本がんばってくださいw

そして、偶然撮った直美の即興ポテトソングが大爆発的に拡散された。

まねをする女子続出。

あんま面白くない人ばっかだったので、面白くなれるようにがんばってください。

7月は自分のTシャツラインを立ち上げた。

のんびりと焦らずにやっていきたいと思います。

新作を製作中なので近々発表するかもかも。

ここでチェックしてね。

George Of Grand

飼育係の委員長になりました。

この金魚を大切に育てます。

9月にまたまたWWDジャパンに登場。

George Of Grandが紹介されて、スラッシャーと呼ばれました。

WWDジャパンいつもありがとうございます!

もっとフューチャーの依頼待ってますw

9月のNYFWはAimeeといるところをパパラッチされ、これも拡散されたな。

スナップ嫌いな俺はこういうかっこいい系なら撮られていいかも。

そして、ダコタファニングにもばったり会って、あまりにもファンだったため記念写真撮った。

存在感はんぱないっしょ。

今年の誕生日はパリで過ごした。

パリからNYへ移動したので、誕生日が36時間あったよ。

友達からサプライズされたり、本当にいい日でした。

みんな、ありがとう。

10月はNYで行われた、CHANEL No5のイベントに行ってきた。

アメリカでやるCHANELのイベントは初めてだったからウキウキしていった。

やっぱトップクラスのセレブリティは違うね。

写真はバズラーマン監督とジゼルブンチェン。

11月、出張のため東京へ半年ぶりに帰国!

焼肉やら、サンギョプサルやらうまいもんばっか食った。

幸せを運ぶピンクのタクシーに乗ることができた。

運転手さん、かなりおしゃべりだったな。

Studio Body Designの加藤康子先生と出会って、体調が変わった。

本当に加圧ビューティは最高。

帰国し、愛犬と見つめあった。

Thanks Givingディナーはこんな感じ。

12月、仕事のためまたまた東京へ帰国。

Dior Esprit Tokyoコレクションのショーは日本中が騒いだでしょう。

以上、一年のハイライトでした。

NYへ行ったがために、自然にフリーランスを今年の2月からしてるわけだけど、皆様のおかげでちょくちょく大きなプロジェクトに携わることができて本当にありがとうございました。
今年はグリーンカードを所得するために、攻めることが出来ず我慢する年だったけど、それも来年勝負するための種まき期間だと思っています。
こらえて、じっくりと考えて、たさくん感じる一年にだったと思う。
せっかちな自分にとってちょっと2分くらい悩んだ時があったけど、それも試練だな。
自分のウェブサイトのアクセスも調子よくなってきてるし、たくさんの方々に記事読んだよ!と多くの方に褒められて正直びっくりしている。

コメントもちゃんと読んでるからね、いつも読んでくれてありがとう。

とにかく人に恵まれたいい一年でした。

2015年もよろしく。

ピース。
 

 

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TOKYO

NYに帰ってきて、早くも一週間が経った。

東京にいたときが、まるで遠い昔のよう。

本当に時間は経つのが早すぎるから、一日一日を大切にしきゃとしみじみ思います。

こっちは寒すぎて、秋を飛び越えていきなり冬です。

貼るホッカイロがこっちにも売ってたらいいな。

今回の記事は普段書かないような、少しプライベートについて書いてみます。

前回の記事にも書いたけど、先日東京に行った時は10日間居ました。

元々の地元は愛知県だったけど、こうなったら東京が地元と言い通すw

俺が時給900円でバイトしてた時代から仲良くしてくれてる人たちに会ったり、ファッションPR業界に入り始めた時代からかわいがってくれてる人たちにも会ってとても有意義な時間だったな。

下の写真は、渋谷でランチした後に撮った写真。

東京はランチが1,000円で食べられることを再確認し、感動した。

カフェ近くに、おもしろい物をみつけたので記念写真。

女性だよね。。。?

NYぶりの直美とは普段からまめに連絡取っているけど、久しぶりだったためお互いの距離感が鈍っておどおどして撮った時の写真。

この場所は自分にとって本当に特別で、2009年にまだ自分が21歳だったころにこの景色をみて上京をしようと決心させてくれた場所。

スタッフもそこまで変わっていなくて相変わらず気さくでした。

いつまでもこの場所がありますように。

H&Mのプレスルームに遊びに行ったら、このかわいこちゃんに好かれすぎて服をろくにみずに終始チュッチュッしてました。

持って帰ればよかった。

Alexander Wang x H&Mコラボパーティはむっっっっっかしからの親友Riechinと行って、その後、直美とBeniと合流。

混みすぎて、買い物を断念した夜でした。

直美の変顔は世界一笑えると思う。

顔の筋肉がすっごい発達しているんだろうね。

ハロウィーンはNicki Minajに成りきろうと思ったけど、友達には2008年のジョージじゃんと突っ込まれました。

確かに。。。。

昔はハチャメチャだったからね。

汚ギャルたちは知らない人たち。

お疲れさまです。絶滅危惧種なのでみなさん大切にしてくださいね。

ハロウィーンもう一枚の写真はアメアパ時代からの友達。

お猿とチャップリンだそうです。

コスチュームの完成度に関してのコメントは控えさせて頂きます。

#EspritDiorTokyo パーティにも行ってきました。

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Diorの世界観はネクストレベルで、ファッションが好きだと再確認させてくれたイベントだった。

初めましてのLoveliちゃんは前世で会ったかな?と思えるほど初めましてと思えなかった。

健康的な眉毛がとてもポイント高い。

イタリア仕込みのスタイリスト、倉田強氏はスタイリストとは思えない素晴らしい肉体をいつも俺に自慢してきます。

少し痛い所もあるけど、日本のトップスタイリストなのに気さくで面白くてパッションがあって素敵なお兄さんです。

彼のホームページはないけど、インスタ@tsuyoshikurataでやってるよ!

作品はここでみてね

栗原類くんはシュールすぎて、参りました。

ツッコミ疲れたので、また次回に!

倉田氏とのツーショットは愛用サングラスMY KITAを掛けて。

ありさとマリエはランチ後、表参道をぶらぶら。

同年代で勢いと才能で盛り上げて行こう!

完全観光客化した自分は、タイミングよくMeg Babyの誕生日だったので、リムジンで東京タワーを見物した。

リムジン内の照明が青すぎて目がチカチカしたのをよく覚えています。

出会ってよかったトップ10に入る、加藤康子先生には加圧ビューティートレーニングをしてもらった。

肌と筋肉の調子がやたらよかったのでみんなにもおすすめする。

ブログを読んでない人はこのリンクをクリックして読んでみてね。

神様お願いです、加圧ビューティートレーニングをNYに上陸させてください。

image.jpg

運動をしている人は笑顔が素敵です。

この写真がその証明です。

image.jpg

そんなStudio Body Designを紹介してくれたのは、友達のmiccie.

待ち合わせに一時間待たされたけど、全然怒ってないよ。ぷ

まいちゃんとえみとべびちぃとももちろん会ったよ。

筋の通ったしっかりしたママのえみ。

不動のモデルで不動のカリスマの持ち主です。

これからもよろぴく。

ホテルオークラの久兵衛で寿司を頂きました。

死ぬ直前は、寿司を口いっぱい頬張りたいです。

オークラのこのラウンジがとっても素敵。

品格のあるジャパニーズミニマリズムは本当に素晴らしい。

素敵な大人たち、かなこちゃんとだいちゃんともお茶した。

またNYに遊びに来てね。

俺がPRを始めたてからの友達、テルマとももちろん会った。

かれこれ3年の付き合いだね。

テルマが監修しているフリーペーパー、ドリームペーパーもうすぐ出るからみんなチェックするんだぞ。

中学生の集いにみえるこの写真は、サプライズバースデーをしてくれたときの夜。

プレゼント、は失くしてしまったDior So Realのサングラス。

もう失くしません。

自分でいうのも痛いけど、似合いすぎ。

りえとともちゃんは世界一好きなサムギョプサル屋で撮った一枚。

あそこのサムギョプサル以外食べられません。

二人全く映ってないところがいつものパターン。

ともちゃんとは一回も一緒に仕事したことはないけど、俺がぺーぺーのときからかわいがってくれて俺にPRを教えてくれた人。

これからもぶいぶい言わせてください。

犬猿の仲だけど、兄弟仲でもあるあやこ。

あやこがいなかったらこの旅は実現しなかったし、なによりもよきいいチームワークでミッション成功してよかった。

日本のデジタルPRを変えてください。

このままだとやばいと思うので、切り開いて!

以上、らしくない記事を書かせて頂きました。

ニューヨークの生活に慣れてしまったから、こっちが心地よく思えるけど東京も好き。

アジア-アメリカ-ヨーロッパの行き来が出来る生活になれればいいな。

でもこのままでは無理だから、自分自身もどんどん進化しなきゃ。

あまりの忙しさにタイミングがなく、AFURIラーメンを食べ逃したのでまた東京へ行きたいな。

 

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Esprit Dior Tokyo

ファッションブランドが溢れかえっている時代の中、本当の”ファッション”は実は少ないのではないかと考えている。

流行のせいか、ラグジュアリーブランド、ストリートブランドそしてファストファッションの間で似たり寄ったりの商品を目撃することが多いと思わない?

極論を言わせて頂くと、”ファッション”という定義はもはやないのではないかと思う。

ファッションを学んだことのない俺には偉そうに言える資格はないかもしれないが。

そんな俺のように、ファッション学生ではなくても、ファッションの原点を一から学べるチャンスが東京、銀座に巡った。

銀座アップルストアの真横に突如出来た、「エスプリ ディオール - ディオールの世界展」はなにがなんでも行ってみるべき。

ファッション好きの人には極上の幸せが味わえる場所と言っても過言ではない。

パリから来ている、今日までのクリスチャン・ディオールのアーカイブドレスが見れるのはとても贅沢。

4フロアで構成される会場は、ドレス、フレグランス、アクセサリー、資料や写真を通して、ブランドの創業者であって、デザイナーでもあったクリスチャン・ディオールの時代から後継者ラフ・シモンズの才能によって支えられる現在までの歴史が学べる。

東京滞在中に#EspritDiorTokyo を通して、普段触れることの出来ないディオールの世界観を一気に吸収できたのが本当によかった。

まず、若き頃のクリスチャン・ディオールは、画廊出身だったということは知らなかった。

23 歳にして2 軒の画廊を次々と開いたクリスチャン・ディオールは、のちに20 世紀の偉大な芸術家に数えられるようになる多くのアーティストの作品を展示したそう。その中でもピカソ、デュフィ、ブラックらの常連はもちろん、ダリ、ジャコメッティ、デ・キリコ、マックス・エルンスト、レオノール・フィニ、そして親友であるクリスチャン・ベラールらの紹介にも励んだそう。

当時の狂乱の時代のパリにあって、彼はジャン・コクトーを始めとする偉大な芸術家たちと親交を結んだそう。

会場の一階の入口から彼と芸術の関連性について展示がされているよ。

これはレディー・ディオールバッグに日本でもファンの多いアンディ・ワーホールのアートが描かれている。普段の彼のアートはポップすぎて苦手だったけど、このように繊細でヨーロッパらしいアートも描けるんだという意外性がみれてよかった。

この写真は世界的に有名な一枚。

クリスチャン・ディオールが初めて発表したコレクションで、ニュールックの象徴ともいえるバー(Bar)スーツジャケット。まるで女性の体に彫刻を施したかのようなジャケット。ゆったりとして踊るようなスカートと、過剰ともいえるペプラムの入った構築的なジャケットとの組み合わせは、アイコン的なシルエットになった。それは彼が若き頃に建築、図形、立体に熱中していたバックグラウンドから来ているクリエイションなのは間違いない。

当時、上流階級のマダム達は、昼間からバー(プラザアテネのバー)に出かけてお酒を楽しんで社交活動をしていたの、そのためのジャケットがバージャケット。

女性らしさを極めるアーキテクチャとしてメゾンを象徴するこのバー(Bar)スーツは、毎シーズン、創始者からインスパイアされ、モダニティを加えて、現在のデザイナーであるラフ・シモンズによるリクリエイトが行われている。

ちなみに、ラフ・シモンズによってクリエイトされたバー(Bar)コートがこのエキシビジョンでみることができる。

特にこの展示はとても画期的。コート周りにある円状の物はスキャナーで、隣に置いてあるパネル上でコートの図解や縫製の過程もみることができる。

このシステムは本当にすごくてとても未来的で感動した。

ディオールと日本は実はとても親密な関係にあるのはご存知?

元を辿ると、クリスチャン・ディオールが子供の頃から日本が情熱の対象だったそう。日本の文化に心惹かれ、日本人が伝統を尊重しつつ現代的な感覚も合わせ持っていることが大好きだで、特に日本製の生地をこよなく愛用していたそう。メゾン設立の当時、すでにクチュリエの想像世界からは〝トーキョー〟あるいは〝ウタマロ〟と名づけられたデザインが誕生している。
1959 年4 月10 日、正田美智子さまと皇太子殿下との結婚の日、パレードの馬車に優雅に座っていた美智子さまは、クリスチャン・ディオールが製作したローブデコルテを着られていた。

かつての日本人が持っていたミニマリズムと、フランス人が持っているミニマリズムの相性がよかったからだと、個人的に考えている。

この写真は、ガリアーノが当時デザイナーだった頃に葛飾北斎へオマージュを捧げたドレス

ジャポニズムが炸裂している作品である。

これはアイコンパフュームである、J'adore Christian Diorのビジュアル。

クリスチャン・ディオールは貴族たちのために衣装を作りたいという思いからメゾンを始めたわけだが、その思いはこのビジュアルからも感じることができる。

美しいドレスを完成させるためには、パフュームがなければ未完成であると考える彼は、J'adore Christian Diorをクリエイトした。

ボトルの形は彼のラッキーナンバーである「8」からヒント得たデザインになっているそう。

地下一階では、このエキシビジョンのためにパリから来日されている職人たちによってハンドメイドされている過程がみれるのも必見。

パフュームのリボンを結ぶのも彼らの手によって完成されている。

これはディオールのアイコンチャームのパーツ。

白いドレスにみえるのはドレスが完成される前の過程。

2015年1月4日まで行われている#EspritDiorTokyoは無料で見ることができるのが嬉しいね。

老若男女楽しめるこのエキシビジョンは何度見に行っても飽きない内容になっている。

見る順番としては一階→地下一階→二階→三階という順でみるとより世界観がわかることができるよ。展示品を見ながらBGMにも注目して欲しい。四感を刺激されている気がして、細部まで目を配るべき。

セクションによって音楽はかえてないんだって、全館統一で同じBGMだけど、40分ぐらいのものだから、階によって微妙にちがったりすみたい

先日銀座を歩いていたら普段の銀座では分布しない、若くて今時のおしゃれな子たちが会場付近でたくさんみた。学校の放課後や休日を使ってわざわざ若い子たちが銀座に行く姿がみれてなぜか嬉しかった。銀座って、お堅いイメージがあるけど日本の古き歴史が感じれる気がしてとても好きなんだ。

おしゃれなおじいちゃんおばあちゃんもたくさんいるし面白いよ。

ということで、長くなったけど行くことをおすすめする。

見に行った人は、SNSで#EspritDiorTokyoをタグして投稿してね。

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